【特集】白馬スネルゴイキャンプ2023 聖会メッセージ紹介②

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2月28日夜の聖会
従う時、主の勝利が現される

白馬スネルゴイキャンプが2月28日~3月2日、ホテルグリーンプラザ白馬で行われている。キャンプ中の聖会などでのメッセージを紹介する。2回目は2月28日夜の聖会について取り上げる。

会衆賛美、預言の後、ザンビアの孤児院の働きに携わっているシオン桜子ムタレさんが証しし、賛美グループのGiftsが特別賛美した。
その後、3人の責任長老補牧師がショートメッセージを取り次いだ。

ペテロ永藤牧師 ルカの福音書6章18、19節
 この箇所は、平地の説教と呼ばれている箇所だ。イエスさまに触れようと、人々がイスラエル中から集まってきた。イエスさまの宣教は教えだけでなく、いやしや霊の解放のみわざが伴った。
 また、聖書の文脈を見る時に、この直前にイエスさまは12弟子を任命されたが、ペテロや熱心党員シモンなど実に個性的な人も選ばれた。
 19節では、大きな力がイエスから出て行ったとある。「スネルゴイ」の働きをしておられた新井宏二牧師は、よく口癖のように「私は誰もいやしたことがない」と言っておられた。確かに、「大きな力がイエスから出た」とあり、いやしをなされるのはイエスさまなのだ。
 TLEA(The Light of Eternal Agape)初期のころの海外宣教、フィリピンチームなどで、主の顕著ないやしのみわざが現された。これから皆さんを通してもそのようなわざが現されてくる。そのような時が来ている。
 そして主がいやされるのであり、私たちは聖霊の力を受けてその働きを担っていくことを覚えていただきたい。

パウロ北野牧師 ゼカリヤ書4章6節
 この箇所に登場するゼルバベルは、バビロン捕囚された南ユダの民の第1次帰還民だ。神殿再建に携わった人物でもある。彼は、ペルシャの王に仕えており、いわば権力も能力もお金もあったはずだが、神殿再建を果たせないでいた。
 それに対し、神さまは「権力によらず、能力によらず、私の霊によって」と語られた。つまり、「神に頼れ」と語られたのだ。
 日本の代表的な牧師であり伝道者である有賀喜一牧師という方がおられるが、有賀氏は以前、誰よりも熱心に奉仕している中、結核の病になったという。いやしを求める中、この世で、競争で勝利し、1番になった者が受ける祝福があるように、神の前でもそれが通用すると自分が思っていたことを神さまに示され、諭されたという。それを悔い改める中で、病のいやしが現されたそうだ。
 私たちも、主の導いておられる方向とずれた場合、主が修正を与えてくださる。主により頼むことがすべてであり、その中でこれから現される主の働きを担う必要がある。

パウロ弓野牧師 イザヤ書55章11節
 今年も素晴らしい白馬スネルゴイキャンプが開催された。今までに語られてきた神のことばが次々と成就していく時に入る。ドイツ・スイスチームでもそれを見ることができた。今までとは違う本格的な働きに入ったと言える。本格的なリバイバルは黙示録前半だが、そこに向けて神のことばが次々と成就していく時に入った、と主が語っておられることを覚えたい。
 リバイバルと聞いても、世の中の動きを見てみると、マイナスな事が多くある。日本できちんと教会に行くクリスチャンは0.2%と言われているし、欧米でもクリスチャン人口はどんどん減っている。しかし、どんなに人の目に不可能と思えたとしても、神さまが語られたのであれば必ず事は成就する。
 かつて、まだアメリカで仕事をしていたころ、アメリカで家を買おうと契約してしまったことがあった。契約した後に、それはみこころでないと示された。すでに高額なお金を払ってしまい、契約書もかわしてしまっていたが、悔い改めて祈ったところ、「お金は戻ってくる。何の害も受けない」と示された。そのようになるはずがないと思ったが、日本に帰国後、ある弁護士の方と関わりが与えられ、しばらく後に契約のキャンセルができ、お金がすべて返ってくることになった。
 人は見えることで判断しがちだが、神のことばこそが真実であり、神のことばは必ずそうなる。リバイバルも同じで、神が計画しておられる以上、それは必ず成就する。そして主は私たちを用いようとしておられることを覚えていただきたい。

後半賛美、預言の後、パウロ秋元牧師がヨハネの福音書14章12節からみことばを取り次いだ。
 以前、主はオーケストラを作りなさいと語られたが、白馬での賛美を見て、オーケストラの働きを主が立て上げ、整えてくださっていると感じる。東京アンテオケ教会では今度、ハープ(竪琴)を購入する(詩篇にダビデが竪琴を奏でたことが書かれていることもあって)。
 主は音楽を用いることを語っておられ、音楽を満たしていく必要がある。また、どんな音楽も用いていきなさい、とも主は示しておられるので、ヴィンヤードソング、ヒルソング、演歌などさまざまな分野の音楽を用い、また中心は私たちに与えられた作詞作曲の曲なので、それを用いていく必要がる。
 三十数年前、私たちのグループでの最初の海外宣教チームは中国チームであり、王明道(ワン・ミンタオ)牧師と会ったチームだった。
 出発に伴い私は非常に体調が悪化し、行くことができない、もし行ってしまったら倒れてしまい、皆に迷惑がかかる形となると感じ、中止しようとした。しかし、主に祈ると、「行きなさい」と示された。どう考えても行くのは不可能だったが、倒れるつもりで行く方向で動いた。すると、成田に着く前にいやされてしまった。
 そのチームの後、100以上の海外宣教が開かれた。本当に従うかどうかを試されたのだと私は感じた。もし従わなければ、これほどの海外宣教の働きは開かれなかったと感じる。
 今回のイスラエルチーム、ドイツ・スイスチームでも同じような試しがあったと感じている。チーム前、私の体調が極めて悪かった。体力的にはとてもチームの予定を乗り切れない、イスラエルでは日本に帰国できないとさえ感じたし、ドイツ・スイスチームでもとても奉仕どころではない、動けない、「あいうえお」の「あ」も言えない状況だった。
 ところが、集会前に聖霊の力が与えられ、説教前にははっきりと「やれる。行った(勝利した)」と感じる状況となった。主の試しがあったと言える。
 事実、この二つのチーム後、スイスの教会もドイツの教会も非常に深い関わりとなった。すぐに日本に来られることになったし、Webコンサートも共に行うことになった。ほかにも韓国の関わり、インドの関わり、アメリカのゴスペルや映画の関わりなど一気に世界宣教における関わり、道が開かれてきている。そして、それは主に従うというところにポイントがあったと言える。

 ドイツ・スイスチームの映像の視聴後、さらに秋元牧師が解き明かした。
 日本の教会は、あまり海外宣教をしないと海外の教会からは見られているようだ。われわれも、よく海外宣教で「あなたがは韓国人か」などと声を掛けられる。(韓国のクリスチャンは多く海外宣教に出ているため)
 海外宣教など神の働きをしなくても、私たちは天国に行けるが、主のみこころを行って天に行った方がより良いと言える。
 
さらに証しの動画を視聴し、メッセージが閉じられた。