アズベリー大学リバイバルの現場から【5】現地リポート

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盛岡聖泉キリスト教会 牧師 中野與子

米ケンタッキー州のアズベリー大学で現されたリバイバルの働きが全世界で注目されている。盛岡聖泉キリスト教会の中野與子牧師は現地に赴いて視察し、MIKOE NEWSのための直接取材もしていただいた。中野牧師の特別寄稿を紹介する。

最終日の集会へ

 筆者はこの決定を2月20日夜遅くに知り、最終日の集会、集まりの時に間に合うよう、急きょ渡米する必要があるのではと主の導きを感じ、行ける方法について祈り探ってみた。

 海外渡航に必要とされるワクチン接種証明はイスラエル派遣で取得済みであり、米国ESTAのビザは出発の3日前、72時間前に申請することとあり、すでに2日しか無かったが、ダメもとで申請してみると半日もしないうちに許可が下りた。

 フライトには自分の持つマイレージと、心当たりのある方にお願いして譲ってもらったらもので、どうにか往復できる目処が立った。

 あとは家族兼教会からの許可が必須だったが、牧師である父からは以前から、1970年に同じような形で起きたアズベリーリバイバルについて聞いており、今回も今こそアズベリーに行くべきではないかと何度か告げられていた。

 だが今の物価高ではとても無理だとこちらから却下していたのだった。いつもだと海外宣教に参加するのに容易に許可してくれない父が、筆者が担当している地域での日曜礼拝はオンラインにしても良いとし、すでに予定されていた幾つかの地域での集会も延期にして必要な個別対応をすれば良しとしてくれ、米国に翌日発つことができた。

 たとえ最終日に間に合わせるために出掛けて行って現地に着いたとしても、16~25歳限定の集会となってしまっているのであれば、行く意味はあるのだろうか、ただ講堂の外に立って写真を写し、オンラインの映像を観ながらのリバイバル集会への参加となったらどうしようという思いが何度も襲ってきた。

 それでも主が導かれたのだったら道を開いてくださるはずだと信じ、とにかく22日夜、レキシントンまでやって来た。夜遅くに到着し、預け荷物のスーツケースは届かなかったが、宿泊施設に備え付けられていた自動洗濯機・乾燥機で事は足り、翌日午後にUberタクシーを手配して大学へと向かった。

 運転手はアフリカ系の若い男性で、アズベリーリバイバルで訪れた人を乗せたのはこれで3人目だという。先の2人ともあなたのために祈らせてくれ、主イエスを信じ受け入れる祈りを一緒にささげてくれと言ってきたそうだ。「そう言われたら、私もやらなければ」と、やはり主イエスの福音を語り、祈らせてもらった。彼はだいぶ心を開いて祈らせてくれた。

 アズベリーでのリバイバル集会最後の日、神はさらに筆者を用いて、彼を捉えようと働いてくださった。

(続く)