【特別インタビュー】ベンジャミン・コマナパリ師

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インドの使徒団始まりと拡大、そしておびただしい数へ/遣わす教会、与える教会、証しする教会に 牧師カンファレンスで指導者を立て上げる

インドチームと共に礼拝や集会で奉仕したベンジャミン・コマナパリ師(Bishop Benjamin Komanapalli)にインドのホテルでお話を伺いました。(インタビュー:み声新聞編集部)

<使徒団は部族地域から始まった>

——インドのどちらの教会でご奉仕されていますか?

 ハイデラバード市を拠点に奉仕しています。そこにあるニューシティー教会につながっています。私の息子(ベン・コマナパリ・ジュニア牧師)が牧会している教会です。
 私自身は牧師ではなく、アジア全域を巡回して奉仕しています。使徒団のリーダーとしてです。

——使徒団の働きについて教えてください。

 私たちのフェローシップには38人の使徒的リーダーがいて、その使徒的リーダーそれぞれがその下にいくつもの教会を管理しています。

——ベンジャミン師ご自身はそのリーダーの1人ですか?

 そうです。そのフェローシップを始めたのが私です。今では大勢の使徒的リーダーが傘下に加わり、その傘下にたくさんの教会があります。

——使徒団の働きはいつから始まったのですか?

 使徒団が始まったのは30年近く前です。小さな形で始まり、それがどんどん大きくなっていきました。

——ベンジャミン師が働きを始めた場所はニューシティー教会ですか?

 ニューシティー教会は息子が7年前に開拓した教会です。
 私が働きを始めたのは部族地域でした。福音が届いていない田舎の村落です。アーンドラ・プラデーシュ州(注)における開拓伝道の働きで、ハイデラバード市から遠く500キロ離れた部族コミュニティーでした。
 青年時代、私がそれらの場所に行ったのは、彼らが福音を聞いたことがなかったからです。私は70歳になりましたが、50年以上前のことです。

——そうした部族地域で使徒団の働きを始める上できっかけとなった主の示し、導きはどのようなものだったのでしょうか?

 それはいろいろな組み合わせです。若い頃、私はユース・ミニストリー(青年伝道)の働きをしていました。そこで旅をして、ある本を読んでいて、インドには福音を聞いたことのない人々の群れが非常にたくさんあることを知りました。そして、神さまは私に彼らに対する宣教の情熱と重荷を与えてくださいました。それが内陸地域の人々のために宣教を始めた理由です。
 私のフェローシップには約150人の若者がいて、彼らにその必要を話したところ、15人の若者が献身して私と一緒にその部族地域に行って働きを共にしました。

 その後、神さまは他の新しい場所に行く重荷を与えてくださり、いつも新しい場所に行って宣教の手を差し伸べてきました。それはほとんど、パウロ秋元牧師が新しい国々に行っているあなたがたのミニストリーのようです。そのような新しい国々における新しいミッションの働きが私たちの歩み、私たちの人生の中にも起こっているのです。
 私が秋元牧師とお会いした時、とても親密でとても良好な関係を持つことができました。なぜならビジョンがよく似ていたからです。

<パウロ秋元牧師との出会い>

——カンボジアで秋元牧師と初めて会われたのは、あなたの海外宣教の旅の途中のことでしたか?

 そうです。私はカンボジアで小さなミニストリーをしていました。そこで秋元牧師が証しと説教をしているのを聞き、とても祝福され励まされました。それで秋元牧師をインドにお招きしたのです。

——どのように秋元牧師のことをお知りになったのですか?

 秋元牧師のために当時カンボジアの集会をセッティングしたカンボジア人クリスチャンを知っています。彼が彼ら主催の集会のことを私に話してくれたのですが、彼は私に来るように誘い、もう一人、秋元牧師にも出席の招待をしていたというわけです。

——ところで、ベンジャミン師は病気になられたとお聞きしました。

 はい。私は多くの健康上の攻撃を受けましたが、神さまは私に触れ、それらすべての状況から私を助けてくださいました。その一部は心臓の問題と糖尿病の問題です。
 それから私は非常に重度のマラリアを患いました。脳を攻撃する脳性マラリアです。私も妻もウガンダで同時にマラリアに感染してしまいました。インドではマラリアは制御下にあるのですが、ウガンダではより大きな問題です。

——病気になられたのは何年前ですか?

 3年くらい前だったと思います。しかし神さまは私を守ってくださったので、旅することを恐れたり何かを恐れたりしていません。神さまが勇気を与えてくださり、信仰がそこにあります。だから私は前に進んでいるのです。

——病気の時に弱くされたと思いますが、その時に主から語られたことはありましたか?

 いくつかの質問がありました。— なぜこのような事が許されたのですか? 宣教の働きはどうなるのですか? すべてを閉じろということですか? —

 しかし、神さまが私のビジョンを復活させてくださいました。だから今、私のミニストリーはこれまでとは少し違った形になっています。私は今、ミニストリーを維持管理することを主な仕事とはしておらず、牧師のカンファレンスのような新しい働きを始めることが今の私の主な務めとなっています。それが使徒的なリーダーシップです。
 私のその新しいアプローチは、より多くの神の人が彼らのミニストリーにおいて彼らの召しを全うできるように助けることなのです。

息子さんのベン・コマナパリ・ジュニア牧師が開拓し牧会しているニューシティー教会 

<牧師カンファレンスの働き>

——弟子を育てる働きに変わったということでしょうか?

 そうです。40年前に牧師カンファレンスを始めた時はとても小さな働きでした。最初のカンファレンスは50人規模のものでした。それが最大1万5千人のカンファレンスになっています。
 さらにみこころならば2、3年後には、神が10万人の牧師や聖職者を一つの教団教派だけでなく非常に多くの教団教派から集めてくださり、福音伝道と教会開拓、教会設立のための情熱を彼らに与えてくださると信じています。

 インドには今や中国よりも多くの人々がいます。そして神さまは私たちが大きな事を考えるのを助け、すべての礼拝にもっと多くの人々が集い、もっともっと多くの教会が与えられることを助けておられます。それはとてつもなく膨大な数です。10や20や50という数字ではなくとんでもなくおびただしい数です。
 そして、神さまがインドの教会を霊的にも数的にも財政的にも成長させ、強くしてくださると信じています。

 私たちは30年間、神さまがインドの教会を遣わす教会にしてくださるように祈ってきました。そしてインドの教会を与える教会、証しする教会にしてくださるようにと。そして今、私たちはその実を見ています。
 その実は私の息子が牧会している教会にも現されています。ニューシティー教会は証しする教会、与える教会、遣わされて行く教会として立て上げられてきています。

 来週、日本チームが帰国する3月11日に私たちはウガンダに向かいます。17人がインドからウガンダに行きます。ニューシティー教会から。彼らは自分で経済を負担してウガンダでのカンファレンスを支援するのです。
 ウガンダでは千人の教会リーダーたちのカンファレンスを持ちます。それは美しい時であり、神のなさる美しいみわざです。私たちはとてもわくわくしています。
 そして今、牧師カンファランスの中で、私たちはこのビジョンを私たちの牧師たちに分け与えているのです。こうしてインドの教会は証しする教会、遣わす教会、与える教会となっていくのです。

——インドの教会は迫害に直面していると聞いていますが、ニューシティー教会にも迫害を受けた人々はいますか?

 命に関わるような直接的な迫害はありませんが、一般的に教会に対しては一定レベルの反対はあります。政府も好意的ではありません。
 しかし私たちは敵対する人たちに注意を向けるのではなく、自分たちの使命に意識を集中しています。
 私たちが出ていくたびに神が共に働いてくださるので、問題は解決し、最終的に私たちは勝利するのです。

——世界で最もベンジャミン師が協力している器(奉仕者)はどなたでしょう。かつてのラインハルト・ボンケ師のように。

 実際そんな大人物こそいませんが、私たちは神の栄光のために大きな事を成し遂げようとしており、神さまは私たちにそれをなすための恵みを与えてくださっています。その中で私はパートナーシップの連携でこそありませんが良い関係を築いています。秋元牧師とその教会すべてととても良い関係を築いているようにです。

 また、ウガンダに何人かの友人がいて、私たちは強い関係にあります。神さまは彼らのミニストリーを祝福しておられ、私たちを彼らへの祝福としてくださっています。そして今、私たちはアメリカでもそれほど大きなミニストリーではありませんが良好な関係を持っています。

<リバイバルにおける協力関係は>

——今後日本とインドの教会が協力していく中で、リバイバルの働きにおいてどのような協力関係が持てるでしょうか?

 どんな可能性であれ秋元牧師とそのミッションとパートナーとして連携することは、美しく平安な感覚があります。今回の宣教旅行はとても特別です。長めのお休みの後こうして日本チームが来てくださったことはとても特別なことなのです。神さまが再びつなげてくださり、再び火をつけてくださることを楽しみにしています。

 私はこれから秋元牧師と、ウガンダのいくつかの学校を支援する協力パートナーになるにはどうしたらいいかについて話し合いたいと思っています。
 そして、南スーダンでもそのような形で、神さまがどのように導かれるかを見極めたいと思っています。明日までにリーダーたちと話します。南スーダンは危険もあり非常に貧しい国です。

 そうしたこともあって私は秋元牧師の健康が絶好調とまではいえないことをとても残念に思いますが、私たちは秋元牧師の健康が回復することを皆さんと一緒に信じます。そして神さまが秋元牧師を再び強めてくださると信じています。そして私も、秋元牧師が大活躍なさる一方で、第2世代がリーダーシップをもって立て上げられていくのを見たいと思います。

 私でさえ高齢になってきましたので、第2世代がビジョンを引き継いでいくためにプラットフォーム(基盤・土台)のコネクション(接続・つながり)が準備されていくのを見たいです。それはわくわくする時間です。

 ありがとうございます。

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(注)アーンドラ・プラデーシュ州 2014年6月にハイデラバードを含むテランガーナ地域が分割されテランガーナ州が新設されるまではハイデラバードが州都だった。新州都への移転の移行措置として2024年までテランガーナ州の州都となったハイデラバードに同州庁舎も据え置かれている。