長崎殉教記念聖会

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昼の部を西坂公園で開催
「かつてなかった主のわざ、栄光を信じる」

長崎殉教記念聖会が2月6日、昼の部が西坂公園で、夜の部が原爆資料館ホールで行われた。日本各地から人々が集まったほか、インターネットでの生中継配信もされて世界中から視聴があった。
 当日は雨が心配されたが祈りも応えられ、野外で行われた昼の部は雨も降ることなく守られた。
 昼の部は、日本二十六聖人が殉教した場所である西坂の丘(西坂公園)で今年も行われた。奏楽のうちに静まり、イザヤ木原真牧師の司会で聖会が始まると、主の深いご臨在が現され、会衆は共に賛美を始めた。
 前半賛美、預言の後、長崎エルサレム教会のPEACEが特別賛美した。


 その後、イザヤ木原真牧師が二十六聖人のレリーフの所にも書かれているマルコの福音書8章34節からショートメッセージを取り次いだ。
 木原牧師は、①毎年私たちがこの日に集まっているのは二十六聖人を偲んでの事ではなく、彼らは今、天で生きており、やがて、彼らも朽ちないからだで帰ってくること、②彼らにとって天国は現実であったこと、③天国に行った者たちは証しし、福音宣教することができない、彼らは宣教したからこそ迫害を受け、殉教した、私たちが託されたバトンは、この時代に全世界に出て行って福音を伝えるということだ、と3つのポイントを語った。
 また、私たちには力がないからこそ神のところに行き、神を見上げる時、聖霊のわざが始まる、と最後に締めくくった。

再び特別賛美がなされ、Giftsが立った。後半賛美と預言の後、主講師のパウロ秋元牧師が使途の働き1章8節からメッセージを語った。以下、抜粋する。


 
  
 私は初めてここに来た時、非常に深い臨在を感じた。そして、二十六聖人の歩みは大きな祝福であり、神さまの語りかけがある、これは日本の信仰の原点であると示された。
 二十六聖人が命を捨てて従ったことは素晴らしい証し、模範だ。彼らが(殉教に至るまで)従ったのは、「神から来るものに真の価値がある」と知っていたからだ。彼らはそれ(神からのもの)を取って殉教し、今、天にいる。もしかするとこの集会の事を見ているかもしれない。
 彼らは最高の物を受けた。私たちも神さまから永遠のいのちを受け、最高の物を受けている。そして、神を知ることの素晴らしさに比べれば、この世のものはちりあくただ。
 
 二十六聖人は、神の栄光を現すことを求め、十字架の福音を伝えることを決心し、神の栄光をほめたたえていった。
 クリスチャン生活が長くなると、神の栄光の大きさをより多く体験する面がある。「この問題がどうなるのか」と思っていたことが、後に次々に益になったのを見てきた。
 私はクリスチャンになった時、3年ほどで信仰に飽きるだろうと予想していたが、とんでもない。神の教えは深く、愛と恵みに満ちている。私は神の素晴らしさをどんどん深く体験している。昨年よりも今年、ますます神の栄光の現れを体験していくのだ。私たちはその神の栄光を伝えていく必要がある。
 
 先日、ある牧師の方から連絡があり、外国の有名な預言者が「この後20億人救われる」と預言された、ということを聞いた。私もそのように救われてくると思う。
 その牧師の方は、私に「マーリンさん(『獄中からの賛美』の著者、マーリン・キャロザース師)は何と言っておられましたか」と聞いてこられた。マーリンさんは「1人が100万人をキリストに導く。これは主に示されたことだ」と言っておられた。
 そして聖書にも、ヨハネの黙示録で7つの封印の際、白い馬が登場する。これはキリストの勝利、福音宣教の勝利を指すが、その個所の後、数え切れないほどの白い衣を着た方々が出てくる。これは、まさにたくさんの救いが起きることを意味し、大変な数の方々がイエスさまを信じる時がやってくる(ただし迫害と共にだが)。
 20~21世紀、チョー・ヨンギ牧師、ラインハルト・ボンケ師などレベルの違う働きをなされた主の器が出てこられた。かつてこんなことはなかったと思えるほどの主の働きだったが、「これは限られた器だ」とも私はかつて考えた。
 しかし、今は違う。キリストを信じる者はキリストのわざをにない、さらにおおきなわざを担う、と聖書に書かれているからだ。
 チョー・ヨンギ牧師やラインハルト・ボンケ師らには、それが現されているわけだが、そのみことばは「ごく特殊な人に現れる」とは聖書に書かれていない。「信じる者」というごく一般的な人々に起こる、と聖書には書かれている。私は、この約束を信じている。
 私も皆さんも主のわざをこれまで体験してきた。しかし、もっと栄光が現される。皆さんのうちに奇跡が起こり、日本のリバイバルに導かれる教会に、世界のリバイバルに導かれている教会に、大いなることが起こってくる。
 このみことば(「信じる者がキリストのわざを行い、さらに大きなわざを行う」)は約束であり、主の時が来た時に起こってくる。主の栄光が現され、数え切れない人々が救われてくる、その主の時がやってくる。
 イエスを信じる者はイエスのわざを行い、さらに大きなわざが現されてくる。私はそれを信じる。どうぞ皆さんも信じ、期待して歩んでいただきたい。

 聖会の終了と共に雨が降り始めた。全世界を覆う後の雨のリバイバルへ、本格的な歩みが始まる。